ZFC公理系の話

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この記事はhydrogen Advent Calender 2024の4日目の記事です。

本題

数学での議論の前提としてZFC公理系がある。これは、集合論で最も一般的に使われているものであり、集合が満たす性質とどのような集合が存在するかを述べている。

ZFC公理系とは

ZFC公理系は、次の9つの公理及び公理図式からなる。特に1から8までの公理及び公理図式をまとめてZF公理系と呼ぶ。ZFC公理系はZF公理系に9の選択公理を加えたものである。

  1. 外延性公理
  2. 正則性公理 (基礎の公理)
  3. 空集合の存在公理
  4. 対集合の公理
  5. 和集合の公理
  6. 冪集合の公理
  7. 無限公理
  8. 置換公理図式
  9. 選択公理

このうち1および2の公理は集合の性質を、それ以外はどのような集合が存在するかについて述べている。これらの一つ一つについてざっと解説していこう。

外延性公理

この公理の主張を形式的に書き下すと次のようになる。

xy(z(zxzy)x=y)\forall x \forall y (\forall z (z \in x \Leftrightarrow z \in y) \Rightarrow x = y)

これは、集合xxyyが同じ要素を持つとき、xxyyは等しいということを述べている。注意すべきはこれは等号の定義ではなく、集合の等しいという概念を述べている点である。等号の定義はまた別に次のようになる。

  1. x,x=x\forall x, x=x
  2. 任意の1階述語論理式ϕ(x)\phi(x)に対し、a=ba=bならばϕ(a)ϕ(b)\phi(a)\leftrightarrow\phi(b)

これも込みで、この公理を見てみると同じ要素をもつ集合xxyyはいかなる論理式をもってしても区別できないということを述べている。 よって、この公理によって集合はその要素によってのみ特徴づけられることがわかる。

正則性公理 (基礎の公理)

x(axy(yxz(zxzy)))\forall x (\exists a \in x \Rightarrow \exists y (y \in x \land \forall z (z \in x \Rightarrow z \notin y)))

この公理は、空でない集合xxの要素でxx直下の要素を持たない集合yyが存在することを述べている。これは、任意の集合が所属関係\inについての「極小元」を持つことを述べている。この公理から自分自身を要素として持つような集合が存在しないことが容易に導かれる。ただし、この公理は別に矛盾を防止するために導入されているわけではないことに注意しておかなければならない。

公理を追加することで、矛盾が生じることはあっても矛盾が解消することはありえないからである。

この公理はもっと重大なことを述べているが、これについては後々の記事で解説することとする。

空集合の存在公理

神は「空集合よあれ」と言われた。すると、空集合があった。

xy(yx)\exists x \forall y (y \notin x)

この公理は、いかなる要素も持たない集合が存在することを述べている。外延性公理からこのような集合はただ1つのみ存在することが導かれ、それを\emptysetと書く。 ZFC公理系において空集合は最も基本的な集合である。詳しいことは正則性公理の細かい解説で述べるが、空集合は全ての集合の「親」であるとも言える。

対集合の公理

xyzw(wz(w=xw=y))\forall x \forall y \exists z \forall w(w \in z \Leftrightarrow (w = x \lor w = y))

この公理は、2つの元x,yx,yのみを要素に持つ集合zzが存在することを述べている。外延性公理からこのような集合はただ1つのみ存在することが導かれ、それを{x,y}\{x,y\}と書く。またx=yx=yとすると、この集合は{x}\{x\}と書かれ、元を1つのみ持つ集合の存在も同時に述べていることがわかる。

この公理によって、順序対という順番がある組を集合を用いて表現することができる。順序対(x,y)(x,y)は次のようにして定義される。

(x,y):={{x},{x,y}}(x,y) := \{\{x\},\{x,y\}\}

正則性公理を用いるとこの{x}\{x\}xxと書き換えても問題ないことがわかる。

和集合の公理

xyz(zyw(wxzw))\forall x \exists y \forall z (z \in y \Leftrightarrow \exists w (w \in x \land z \in w))

この公理は集合xxの要素の要素をすべて集めた集合yyの存在を述べている。外延性公理からこのような集合はただ1つのみ存在することが導かれ、それをx\bigcup xと書く。先の対集合の公理と組み合わせることで、任意の2つの集合x,yx,yの和集合xyx\cup yを定義することができる。

xy:={x,y}x \cup y := \bigcup \{x,y\}

冪集合の公理

xyz(zyw(wzwx))\forall x \exists y \forall z (z \in y \Leftrightarrow \forall w (w \in z \Rightarrow w \in x))

この公理は集合xxの部分集合をすべて集めた集合yyの存在を述べている。外延性公理からこのような集合はただ1つのみ存在することが導かれ、それをP(x)\mathcal{P}(x)と書き、これを冪集合と呼ぶ。

実は、この冪集合をとるという操作はある種超越的なものであり、冪集合の濃度についてZFC公理系の中での制約はほとんど自明なものしかない。このことについてはまた後々の記事で述べることとする。

無限公理

x(xy(yxy{y}x))\exists x (\emptyset \in x \land \forall y (y \in x \Rightarrow y \cup \{y\} \in x))

この公理は無限集合の存在を述べている。この公理から直接的に存在が導かれるのが自然数の集合ω\omegaであり、これは次のように定義される。

0:=1:=0{0}={0}2:=1{1}={0,1}3:=2{2}={0,1,2}n+1:=n{n}={0,1,,n}ω={0,1,2,}\begin{aligned} 0 &:= \emptyset \\ 1 &:= 0 \cup \{0\} &&= \{0\} \\ 2 &:= 1 \cup \{1\} &&= \{0,1\} \\ 3 &:= 2 \cup \{2\} &&= \{0,1,2\} \\ &\vdots \\ n+1 &:= n \cup \{n\} &&= \{0,1,\ldots,n\} \\ &\vdots \\ \omega &= \{0,1,2,\ldots\} \end{aligned}

また、この集合ω\omegaが最小の無限濃度である可算濃度を持つ集合であることも容易に導かれる。

置換公理図式

ϕ\phizzを自由変数として持たない1階述語論理式とすると、次の公理図式が成り立つ。

xy(w(wx!yϕ(w,y))zw(wxy(yzϕ(w,y))))\forall x \forall y (\forall w (w \in x \Rightarrow \exists! y \phi(w,y)) \Rightarrow \exists z \forall w (w \in x \Rightarrow \exists y (y \in z \land \phi(w,y))))

この公理図式は、集合xxの要素に対してϕ\phiが成り立つyyがただ1つ存在するとき、そのyyを集めた集合zzが存在することを述べている。まず、これがなぜ公理ではなく公理図式なのかについて述べる。

実はこの公理はzzを自由変数として持たない全ての1階述語論理式ϕ\phiの一つ一つに対して成り立つものである。そのため、一見この公理は1つの公理であるように見えるが、実際には無限個の公理を含んでいるのである。それゆえに、これは公理図式なのである。

選択公理

x(y(yxy)zy(yxw(wywz)))\forall x (\forall y (y \in x \Rightarrow y \neq \emptyset) \Rightarrow \exists z \forall y (y \in x \Rightarrow \exists w (w \in y \land w \in z)))

この公理は、空でない集合のみを要素に持つ集合xxに対して、xxの要素から要素を1つづつ選んで集合を作る操作が可能であることを述べている。

この公理と同値であるZornの補題から様々な重要な結果が導かれ、この公理なしには一部の分野が展開できない(例:解析学)ことが知られている。 詳しいことはまた後々の記事で述べることとする。

余談

ところで、ここで上に述べた公理の論理式では集合xxを指すときに特に何も指定せずx\forall xx\exists xなどと表記していた。これは、ZFC公理系の世界では全てのものが集合であるという前提があるからである。ゆえに、ZFC公理系ではその全てのものがどういった性質をもつのか、あるいは何が存在するのかを論じておりそのZFCで論じられている対象の1つ1つを我々は集合と呼んでいるのである。その意味で、ZFC公理系は集合の定義とは少し異なる。